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2011年2月13日 (日)

社会貢献という名の落とし穴

行政書士会が成年後見を社会貢献の一つとして取り組むことにして,コスモスという法人を立ち上げました。

私はこの「社会貢献」との言葉にずっと引っかかっていました。それが,今日,とある方の話を伺い,引っかかっていたのはこれだなぁと感じたことがありました。

「社会貢献」として行うというのは美辞に聞こえます。しかし,この言葉は「してあげる側」の声に過ぎないのです。

つまり,「してあげる側」の対極に「される側」があります。この「される側」の人の声はどうでしょう。

とある方の話は次のようなものでした。

「ボランティアを積極的に行っている人へ,ボランティアを受ける側になりたいか?の質問をしたところ,ほとんどの人が受ける側にはなりたくないとの返事だった」そうです。

いわゆるこの「受ける側」とは「される側」と同じです。社会貢献をする側にはなりたいが,される側にはなりたくない。

では,なぜ「される側」にはなりたくないのか?それは「みじめ」だからだそうです。多くのボランティアをする側の意見として,「される側」は「みじめ」だと感じているらしいです。

それだと思いました。してあげる側はしてやってるんです。ボランティアにそんな気はなくっても「される側」はしてもらって「みじめ」感を感じざるを得ない。

あるヘルパーさんが言っていました。「私は仕事でヘルパーをさせてもらっている」

私は,自分なら,例えば,上のヘルパーさんと,ボランティアで介護をしれくれる人のどっちを選ぶだろうと考えました。

たぶん,ヘルパーさんかなぁと思いました。してもらうと,相手に対して「気の毒」とか,してもらう一方で悪いなぁとか感じます。

でも,仕事としてしてるのであれば,悪いなぁという気持ちも少しは和らぎます。看護師さんが身の回りをしてくれているように感じるわけです。

だから,行政書士会も社会貢献として「してあげる」のではなく,どうせ報酬をもらうのであるから,仕事としてさせていただくという謙虚な気持ちで成年後見に当たってもらいたいと思います。

たとえは変ですが,喫茶店の店員が「コーヒーを出してあげてる」態度で接客してきたら,変な気分になると思います。

「社会貢献」という言葉は非常に重いし,意味が深い。安易に「単にいいことしてる」といった感じで使ってほしくないと思いました。

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